高齢犬の認識障害

<はじめに>

獣医学が進歩して、ごく一部の例外を除けば、ペットの栄養について、注意を払うのが一般的になってきたので、

老齢化した小型犬の割合が確実に増えつつある。

これは、人間社会でも高齢化が進んでいることを反映している。

動物が、その生涯で晩年にさしかかると、脳をはじめとして、あらゆる臓器に、避ける事のできない老齢化の変化

というものが起こってくる。

ほとんどの犬は、その大きさにかかわらず、10歳になるか、あるいは予想される寿命の75%が経過した頃には

老齢であると考えられる。

しかし、その年齢に達したからといって、必ず老齢による痴呆の症状を示すわけではない。

事実、こうした年齢をはるかに過ぎても全く異常のない犬もいるし、ほとんど死ぬまでなんともない犬もいる。

こうした事は、人間の場合と同じように、「上手に年をとる」と表現される。

犬が上手に年をとろうと考えるはずもないが、明らかに精神的な衰退があるからといって、

上手に年をとっていないと言えるだろうか。

 

<徴候>

程度や表現の差はあるが、従来から老齢犬の認識障害(CD)といわれるものには次のようなものがある。

・活動性の低下

・寝てばかりいる

・命令に対して反応が悪い、全く聞こえない

・周囲のものや、周りで起こっていることに興味がない

・錯乱、見当識障害

・家族がわからない

・のどが渇く

・過呼吸

・採食困難、食物に興味がない

・排尿、排便がうまくコントロールできない

・自分のいる場所がわからなくなる。

 

もちろん、すべての犬がこうした症状を見せるわけではなく、その逆に、わけもなく大声で吼える犬もいる。

しかしながら、こうした徴候は進行性であり、最後には犬の能力がすべて失われてしまう。

こうした状態に冒されている犬の割合を10歳、12歳、14歳で調べてみると、

人間の見当識障害の年齢別人口統計を反映している。

 

<中枢神経系>

CDに罹っている犬の脳に見られる変化は人間のアルツハイマー患者のそれとよく似ているが、

全く同じと言うわけではない。

そしてその変化は症状の激しさに比例している。

多くの変化が報告されているが、最も重要なのは、脳内にβーアミロイドが沈着して、斑点が形成される事である。

これらの病理学的な変化が、見当識及び、行動上の障害の原因と考えられている。

 

<原因>

脳内におけるこのような変化はCDの原因かもしれないが、こうした変化は同じ年齢であっても、起きる動物と、

そうでない動物とがある。この原因については分からないが、おそらく遺伝が大きく関与しているだろう。

しかしながら、遺伝と環境の相互作用というものを忘れてはならない。そして、環境によるストレス等の要因が

果たす役割も大きいと考えられる。

 

<治療>

デプレニルが登場するまでは、こうした退行性の変化を治療できる薬物はなかったが、この薬物のおかげで、

老齢化が進む犬の時間を止めて、生活の質を向上させる事が出来る。

デプレニルが根本的な治療になるわけではないが、神経伝達物質であるドーパミンの集中を高める事により、

加齢に伴う徴候を、少なくとも症状の上では改善する。

ドーパミンは考えと行動を結ぶ働きをしており、それによって意識がはっきりする。

オリバーサックスの映画にも出てくるように、ドーパミンの不足した人間の患者は、起きているにもかかわらず。

体を動かす事ができない。

パーキンソン病の患者では、ドーパミンの量が少なく、動く事が困難で、最後には認識できなくなってしまう。

 

それとは逆に、ドーパミンのレベルが上がりすぎると、考えが空回りしたり、心配が増して、同じ事を繰り返す

妄想症の様な状態になる。

 

もし、犬の老化現象も同じであれば、CDに罹った犬もドーパミンが少ないはずであり、活動性や、認識行動も

低下するはずである。

デプレニルによってドーパミンを増してやれば、CDの徴候が改善されるはずであるし、事実多くの患者で有効

である。

犬のCD患者のおよそ3分の1はデプレニルの投与に非常に良い反応を示し、若いときのような元気を取り戻す。

そして、もう3分の1はまずまずの反応を見せ、のこりの3分の1は全く反応しない。(おそらく、CD患者でも、

神経病理学的には異なっているからだろう。)

 

症状が進んで、色んな問題が明らかになっていく動物に対して、最後の手段であるデプレニルを使う事は

理にかなっているが、その前に、精神的な機能を減弱させるような他臓器の異常がないかを確かめる必要がある。

 

多くの人々は、彼らの老齢犬が徐々に元気をなくし、生活に興味を無くしても、こうした変化を「正常」ととらえる

事がある。

また、認識機能の老化現象が本来よりもはるかに早く始まっても、仕方ないとあきらめる傾向にある。

こうした人々は、助けを求める事もないが、排尿や排便を制御できなくなって始めて意見を求めてやってくる。

老齢犬のオーナーが老齢化に関心をもつ理由は、後者の方が大きいようである。

と言うのは、ペットがどんな老齢化の変化をみせていても、ほとんど気にもしないオーナーが、ひとたび失禁を

始めるようになると、それがいやで、何とかしてくれと、意見を求めてやってくるからである。

付け加えて言うと、人間のアルツハイマーの場合でも、事情は同じである。

 

デプレニルは老齢性の代謝障害や、老齢による不適切な排尿を治療するための要指示薬であり、この薬で早期に

治療することにより、機能を失った犬が「健康でいられる期間」を増やす事ができるので、長く幸せでいられること

になる。     (この薬は日本では未発売)